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〈注目事例〉身体的接触のないセクハラで労災認定

令和2年10月23日付日経新聞夕刊に,「上司セクハラで労災認定」の見出しの記事が掲載されました。本文の冒頭は次のとおりです。

三菱UFJ信託銀行の子会社「三菱UFJ代行ビジネス」(東京)に正社員として勤務していた20代女性が,上司にしつこく食事に誘われるなどのセクハラを繰り返されたことで精神障害になったとして,立川労働基準監督署が労災認定していたことが23日までに分かった。

本件については,有名企業の子会社で起きた不祥事であるという点に加え,セクハラ行為がしつこく食事に誘う等の身体的接触を伴わないものであったケースで労災認定がされたという点にニュースバリューがあったものと思われます。本稿では,本件で注目すべき点とともに,会社としてとるべきであった措置等について解説します。

事案の概要

女性が受けたセクハラ行為や,被害の状況等について,次のとおり記事を引用します。

弁護士らによると,女性は16年に入社。18年1月以降,上司の50代男性から何度も食事に誘われたり,誕生日に自宅の最寄り駅までつきまとわれプレゼントを渡されたりした。  「禁煙できたらご褒美の食事に行きたい」「こんな気持ちは家内と出会ってから初めて」などと記したメールも再三届いた。同年7月,不眠などの症状が出て「重度ストレス反応」と診断された。19年末に退職した。女性の相談を受けた会社側は上司を含む管理職に注意を促したが,その後も改善しなかったという。

また,女性は,弁護士を通して,「相談した人事部から配置転換を強要され,会社の対応が不適切だと感じた」とのコメントを出しています。

セクハラによる精神疾患と労災認定

精神疾患の労災認定基準

労災認定を受けるには,労働者に生じた病気や怪我が「業務上」のものと認められる必要があります。この点,うつ病等の精神疾患については,病気が「業務上」のものであるかどうかが一見して明白ではありません。このことは,工場での作業中,機械に手を挟まれて怪我をした,というようなケースと比べると分かりやすいかと思います。

そこで,精神疾患については,厚労省が示した「心理的負荷による精神障害の認定基準」という基準により,「業務上」のものかどうか判断されています。この基準には,業務上の出来事で,心理的負荷(ストレス)を生じさせる具体的出来事と,それに対応する心理的負荷の程度が記載されており,これに当てはめて心理的負荷の程度が「強」と判断されて,他に原因がなければ,精神疾患が労災として認定されるという仕組みになっています。

 同基準によると,業務上,心理的負荷を生じさせる出来事の中でセクハラ関連のものとしては,「強姦や,本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為などのセクシュアルハラスメントを受けた」が挙げられています。これに当たる場合には,この出来事のみで心理的負荷の程度が「強」と判断されることになります。それ以外の出来事については,他の出来事と合わせた総合判断となり,継続的に行われた場合には,心理的負荷が強いと判断されやすくなります。

本件の先例としての価値

本件で女性が受けた行為は,上記の「強姦や,本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為」には当たらないといえます。それにもかかわらず,労災認定されたのは,上司からのメール等が継続的に行われたという点,言動の内容が率直に言って気持ち悪いという点に加え,上記のとおり相談に対する会社の対応がまずかったという点が考慮されたのではないかと思われます。また,昨今,パワハラやセクハラに対する世論が厳しくなっていることも影響した可能性もあります。そうだとすれば,今後,同様のケースで労災認定がされやすくなったといえるかもしれません。

本件は,女性の代理人弁護士がコメントしているとおり,身体的接触のないセクハラ行為による精神疾患が労災認定されたという点が珍しく,先例としての価値もあるのではないかと思われます。

会社としてとるべき対応

本件で,会社が女性からの相談に対しどのような対応を取ったのか,詳細な点は記事から明らかでありませんが,上記のとおり,上司を含む管理職に注意を促したがその後も改善しなかったということであれば,やはり会社の対応としては不十分であったといわざるを得ません。初回の注意の後に改善したかどうか,女性からも聴取りをする等して確認し,改善していないのであればより厳しい処分を検討する等の措置をとるべきであったといえます。

また,女性が,相談した人事部から配置転換を強要された,という点も不適切であったといえます。この点,セクハラやパワハラといったハラスメント案件では,行為者と被害者をなるべく接触させないようにするという対応は定石であるといえます。しかしながら,本件のように,被害者の意に反して異動等をさせることは,被害者を却って不利に扱うという点でハラスメントの救済措置として悪手であることは明らかです。会社の業務の状況から,上司の方を他のポストに動かすことがどうしてもできなかったとしても,被害者の意向に反しないような他の方法がなかったのか検討し,被害者と十分に話合うことが必要だったといえます。

労災と民事賠償責任の関係

労働者が業務上病気や怪我をした場合,会社に故意や過失といった落ち度がある場合,又は,雇用契約上の付随義務である安全配慮義務違反が認められる場合には,会社は,労働者に生じた損害を賠償する責任を負うことになります。労災認定された場合,労働者は保険給付を受けますが,これによりカバーされない損害(慰謝料等)は,会社が賠償しなければなりません。労働者が精神疾患により自殺してしまった場合には,慰謝料も高額となりますので,会社の規模によっては存続に影響するほどの打撃となり得ます。

本件では,上記のとおり女性が相談したにもかかわらず,会社としては,上司を含む管理職に注意を促したのみで,再発防止に向けた十分な措置をとっていない上,女性に配置転換を強要するといった不適切な対応をしたことからしても,会社に落ち度が認められるのではないかと思われます。そうだとすれば,本件でも,会社は民事上の賠償責任を負い,労災保険給付でカバーされない損害については賠償の責任を負うことになりそうです。

まとめ

セクハラについては世論が厳しくなっており,法改正により会社の措置義務も強化されていますが,密室で行われることが多いことや,性的なプライバシーに関するため相談しにくいといった事情もあり,会社として把握できずに事態が悪化している案件も多いのではないかと思われます。改めて,セクハラ等のハラスメントに及ばないことを周知するとともに,被害を受けた社員は躊躇せずに相談すべきことも周知し,合わせて,相談がしやすくなるような窓口を設置し,早期に対応できるよう,体制を見直されることをお勧めします。

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